続:砧教会から絶縁状をもらった

hagi2021/02/22(月) - 19:34 に投稿

砧教会から絶縁状をもらってから2ヶ月が経過した。繰り返しメールを送ったが、誰からも一通も返信は来ない。教会の会員が亡くなった通知さえもう来ない。きっと、もう私の責任ではないと役員の誰もが逃げるだろう。

2ヶ月経過して改めて読むと、牧師、役員会は「教会から排除することはいっさい考えておりません」と書きながら、事実としては徹底的な排除を続けている。確かに、オンライン礼拝に参列した時には強制排除はされていないから、その宣言は一定の正当性をもつだろう。

しかし、絶縁状には極めて大きな問題がある。自分たちこそが正当な砧教会の代表者であり、私と私の家族の問題は自分たちに関わりの無いことだと切って捨てているのである。完全に支配者の視点である。つまり、彼らこそが分断を生み出しているのだ。だから、このままだと家族を大事にしようと思えば家族全体で教会を去るしかない。そうでなければ家族の絆を捨てなければならない。金井美彦氏と役員諸氏はそういう選択を私達に迫っているのだ。家族の問題など俺たちの知ったことではないと言い切って、コミュニティの問題と考える意思もないのである。本来、役員はコミュニティに仕えるものであるはずなのに、代表者がその任を放棄し、役員会が一致団結して自分たちが正しく悪いのはお前だと宣言しているのに等しい。理論的に考えれば、今の金井美彦氏はもう牧者とは言えない。コミュニティの維持を放棄しているのだ。そして、現役員7名は、その牧会を放棄した牧師を担いで自分たちの権力を守っているだけである。私は、絶縁状に名を連ねている8名は現時点ではクリスチャンとして終わっていると思う。

もちろん、金井氏を含めて彼らはみな立派な人達だ、6月7日に問題を顕在させた佐分利正彦氏も、かつてから礼拝堂に自席を確保したり、週報に役員会に断り無く自分に都合の良い記事や感想を書き込むなど教会私物化の傾向は顕著にあったが、それに相当すると評価できる貢献は確実に行っていた。岩澤ちえ子氏もオンライン礼拝が機能するように懸命に支えている。そういう働きがあるから、今もオンライン礼拝出席者はほとんど減っていないのだと思う。牧師がやっているホームページは全く更新されずに死んだ状態だが、恐らく川邊百合子氏がFacebookページは更新しているのだろう。人を集めるオルガンイベントを今募集するのが適切とは思わないが、持てる力を尽くして伝道の業に励んでいるように見える。今の活動が外から見えるのは岩澤氏と川邊氏の2人だけだが、恐らくそれ以外の人達も全力を尽くしているに違いない。金井美彦氏も私に対してはネグレクトし続けているし、私から見ると説教の質は以前と比べるとボロボロだが、きっと事情はあるのだろうし、真剣に前向きに取り組んでいるのは間違いないだろう。

それでも、金井美彦氏と砧教会執行部は事実として絶縁状を私に送りつけ、6月7日や書面総会の背景にある事実も明らかにすること無く過去を無かったものにしようとしている。7人が守っているのは金井氏のプライドであり、自分たちの判断の誤りを認めたくないから突っ張っているだけだ。私を無視し、私の家族の気持ちを無視することで、嵐が去るのを待っているだけで、そこに愛などどこにもない。いくら今の金井氏が全力を尽くしていようと、ごまかした過去は消えることはない。私は、ただ、当時役員の使命として告発しただけなのに教会のコミュニティとして生きながらにして葬られてしまったのだ。はっきり言って怨念は大きく、神の国は私から遠のいている感じがある。事実を明らかにするのを止めたのは福井律子氏だし、もう過去は忘れるのが良いと切って捨てたのは川邊百合子氏だ。私は何も後ろ暗いことはしていないと言い切った佐分利氏は、その後は一言も発しない。何より、金井氏がメッセージを送ったのは、私が教会の鍵を返却する仕方について代表者か書記の言質がほしいと求めた時一回だけである。これを腐っていると言わずしてなんと言うべきだろうか。彼のこういう言動は今回だけではない、悔い改めなければまた繰り返すだろう。そんな未来は私は望まない。

事実隠蔽で過去を消すことなどできはしない。放置が長引けば、傷みが大きくなるだけだ。6月7日には3月に教会総会で決議した会堂礼拝の閉鎖基準に達しており、しばらく前にその情報は明らかになっていて、牧師自らが中止を宣言したのに、自ら誘っていた牧野牧師夫妻に中止だから来ないようにと連絡することもなく、佐分利氏は次週以降の司会や当番を本人に断ることもなく勝手に週報に記載ていた。前日に牧師と奏楽者以外は会堂に居ない状況で礼拝を持つとした合意も守らなかった。彼は、自分は通常の教会員とは違う特別な存在で、勝手に出席しても文句を言う奴などいないと慢心していたのだろう。金井氏も佐分利氏も自分は例外で、明らかに会堂礼拝を再開したのにも関わらず俺たちは通常の会員の外側にいると考えているとしか思えない行動を行った。その上、糾弾されると教会総会で決めた基準を無効にして、一任を取り付ける書面総会を、その議案のままでは役員の半数が失効することを知りながら会員にその事実を隠して強行したのである。これも事実だ。2人を除く6人の役員はその事実を知りながら、事実上の金井美彦氏の独裁体制の確立を支持したのだ。その不備が明らかになったので、さらにもう一度上書きする書面総会を実施した。最初の書面総会で会員を裏切ってしまったのでもうそれ以外の選択はなかったのだろう。事実に戻って、6月7日を再検証して進む道はあったのだが、その力は彼らには残っていなかったのである。その結果、今も私はこうして不義、牧師の犯罪を告白し続ける結果を生んだ。事実に基づく議論で決着がつくまでは、その棘は抜けることはないだろう。私はこうと決めたらそうそう簡単に諦めることはない。

総会はプロテスタント教会では最高議決機関である。牧師だろうが、有力役員だろうが、その決議には従う義務がある。当時の役員から内部告発があったのに事実を精査して開示すること無く闇に葬ろうとしている限り、8人は然るべき時にその報いを受けることになるだろう。生きて立ち戻れる間に真実を明らかにできた方が良い。私の勘違いや思い込みの可能性は否定しない。何度も彼らにもそう書いてきたが、事実をもって反論されたことは一度もない。あったのは、感情に訴える説得だけで、結果的に事態を悪化させただけだ。

砧教会が独裁者の手から開放されることを願ってやまない。金井美彦氏が独裁者でなくなれば恐らく問題の大半は解消されるだろう。そもそも、彼は招聘されて着任し、役割を付された一人の人間であって、神でもキリストでもない。

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