Ethereumのガス代に国家主権の崩壊を見る

hagi2022/04/09(土) - 17:04 に投稿

P2Pの威力の一つは、統制の効かない透明性にある。黎明期は、ネットワークの参加者も少なく参加者の遊休リソースを提要することでそのメリットを享受できるが、実際にはその維持にはコストがかかっている。ipfsはとても魅力的な技術だが、維持費用を回収するモデルが今の所担保されていない。

Ethereumの場合、トランザクションにはガス代がかかる。ルールとしては、置いておくだけでは金はかからないが、何かを変える時にはお金がかかるという仕組みだ。私の日本円100円をあなたの日本円100円を現金で交換する時には手数料はかからないが、銀行送金をすると手数料がかかる。金を受け渡すコストがゼロだと思い込んでいると、手数料が理不尽に感じるが、もうちょっと考えると、紙幣を作るのにも硬貨を作るのにも費用はかかる。行政が税金を集めていなければ通貨を持続的に使い続けることはできない。つまり、個々の取引とは別にコストを負担しているのである。日本に税金を収めていない外国人にも同じサービスが提供されているのは不思議なことだ。

通貨の本質は信用情報だから、暗号資産を信用している人に対しては、日本円と同じように機能する。違いは、日本という国家に対する信頼と暗号資産のシステムに対する信頼にある。

ウクライナのことで考えるとフリヴニャという通貨があるが、国がなくなれば無価値になる。通貨の管理機能が失われればその通貨の持続可能性はない。ついでに言えば、この土地、このマンションの一部屋は私のものだという権利も侵略戦争に負ければ失われる。信用供与主体がなくなれば権利保証も消える。

一方で、Ethereumの場合、信頼を与えるのはネットワークの参加者自身ということになる。誰かがコントロールすることは原理的に困難だ。Bitcoinを信頼するかEthereumを信頼するかは完全に参加者の自由だ。だから、自己責任で選ぶことになる。選択に失敗した時に泣きつく先(国家)は存在しない。しかし、小さな国の通貨流通額よりEthereumやBitcoinの流通額の方が大きい時代になってくると、自国通貨で自分の資産を持っているより暗号資産の方が安全だと思う人が増える。ウクライナはそんな小さな国ではないが、フリヴニャではなくユーロで貯金したい人もルーブルで貯金したい人もいるだろうし、一定の割合は暗号資産で貯めたいという人も出てくる。不利に置かれた人には救いとなる技術だ。逆に暗号資産側から考えれば、システムの持続性があって参加者に信頼されなければいけない。

独立系の暗号資産は何らかの方法で維持費を稼げないといけない。ブロックチェーンの場合だと採掘も行わなければいけないし、一定の役割を担うサーバーやネットワークのリソースを供出するビジネスが持続可能でなければならない。プレーヤーが減りすぎて安全性が損なわれれば、暗号資産自身への信頼が失われ当該暗号資産の信用が崩壊する。

暗号資産は、全ての取引の記録が残り、消えることはない。つまり、その費用負担がどんどん重くなっていくということだ。参加者が増えると処理スピードも問題となってくる。その問題を解決するためにアルゴリズムの開発も続いているが、まだ黎明期で今後どう推移していくのかも不透明だ。「イーサリアムの「ガス代」とは?【基礎知識】」にあるように取引コストがかかる。もちろん銀行同様に取引手数料もかかりガス代を含めて引き落とされる。私の先月の実績ではcoinbaseのウォレットからtor.usのウォレットの送金で、3%弱になった。ふと落ち着いて考えてみると、全ての取引には何らかのコストがかかっている。暗号資産の取引に参加するということはその世界の維持費用を負担しなければいけないだけだ。

円の場合は、所得税で10%とか取られている。もちろん、通貨の維持のためのコストだけではないが、通貨の維持のためのコストが含まれている。円を通貨として使っているから、国家の維持費用が集められているのだが、個人や法人が暗号資産を信用するようになると課税は困難だ。通貨を使うコストは基本は無料だと刷り込まれているが、やがて個人も法人も円を使うのと暗号資産を使うののどちらが有利かをリスク含みで考えるようになる。法定通貨と暗号資産は競争相手となり、国家を維持するための原資をどう確保するかを再考しなければならない。仮にBitcoinを法定通貨に変えてウォレットを国家に登録させたとしても、Ethereumを使えば両替後には手が届かない。既に暗号資産取引は無視できるほど小さくはないので、国家の維持に影響が出てくるのは時間の問題だろう。世界のどこかに両替の穴があれば、暗号資産の取引を止めることはできない。

もう一度、原点に戻って考え直してみると、通貨の維持コストは誰かが(あるいは誰もが)負担しなければいけない。今は、それが国家あるいはEUのような連合体が管理していて金融政策の独立性が確保できているが、自由な資本移動が止められなくなれば(為替の壁が崩壊すれば)、金融政策の独立性≒国家主権は失われることになる。たぶん遠くない将来に国の形は変わらざるを得ないだろう。

では、どうすれば私達の安定(安全・安心)は保てるのだろうか。

積極的に一定の基準を満たすものを通貨と認めて、ウォレットを人または場所に結びつけるのが現実的なのではないだろうか。

人の移動の自由も資本の移動の自由も技術的に可能になればいつまでも縛り付けておくことはできない。

インターネットの普及から約一世代が経過してここまで来たことを考えると、30年後には国家は大きく変わっているだろう。これからも愛国心に郷愁を求めたり、扇動したりする人は現れるだろうが、時計の針を戻すことはできない。

別の見方をすれば、技術の進歩は世知辛い世の中を作るとも言える。だからこそ、積極的に向き合って不幸な人が生まれない社会システムの確立を目指していかなければ行けないと思う。全世界の誰一人として取り残さない意思をもつ必要があるだろう。もう国という枠組みを使って奪い合いを続けるのはやめる方向に考えたほうが良い。もう、過去の(本当は今よりずっと悲惨だった)牧歌的世界が戻ってくるという幻想は捨てたほうが良い。