私がソフトウェアハウスに就職した1984年は、初めてPCが部署に1台導入された頃だった。大型コンピュータの時代だったから、おもちゃだと言ってバカにする人もいたが、面白がっている人もいた。一方で、1982年から92年には第五世代コンピュータプロジェクトが動いていて、Web時代はまだ来ていなかったが、インターネットは動き始めていた。どんどん技術が進歩して世の中が変わっていくのを確信していた。
それから約40年が経過し世界は大きく変わったし、本当に便利になった。
85年頃からは、AIの商業応用を模索しつつも、距離が遠すぎるので、Unix技術のビジネス応用でわずかながら事業に関わっていた。研究者の側面とエンジニアの側面を持っていてたけれど、ずっと時代を前に進めることがやりたいと思っていた。90年代にバブル崩壊があって給料も伸び悩んだ時期もあったけれど、Webが出てきて、Windows95が出てきて、ITの世界は依然としていけいけだった。私が元気を感じたのは、学会あるいはイベントに世界中の人が集まって様々な発表がなされ、刺激を受け合う場が機能していたことにあったと思う。でも、いつからか、日本では燃えるイベントが見つからなくなった。研究予算が削減されたといった問題があったのかも知れないが、世界中の研究者や技術者が集まってくる場所から脱落したように感じている。
一方で、シリコンバレーは元気だった。DARPAの存在が大きかったと思う。アメリカの景気が良かったとは思わないのだが、研究活動には継続的に予算がついていたのだと思う。Defense Advanced Research Projects Agencyとあるように研究プロジェクトを所管する政府組織で、自らは研究機関ではない。大学でも研究機関でもなく、プロジェクトマネジメントを行うもので、wikipediaによれば「軍や議会からの批判や抵抗を受けない」とされている。しかも、研究プロジェクトは公募で研究目標は公開である。インターネットもGPSもDARPAの成果で、研究成果は公開されている。もちろん、その応用の過程で、軍が機密開発を行うことも、民間企業が権利を確保した開発を行うこともある。しかし、根っこの部分は公開で、研究計画評価、進捗管理がしっかりしているから採択プロジェクトの成果は期待できる。当然、研究者も事業家も注目する。研究プロジェクトに人が群がり、将来の利益を求めてイベントスポンサーもつくから盛り上がるのである。
公開だから、軍事に関係する研究であっても他国から参照できることになるので、その後の応用研究が勝負になる。膨大な防衛予算を持っているアメリカだからこそできるアプローチだろう。戦争があれば防衛産業は儲かるが、平時は富を生まない。だから防衛産業は金融市場での評価は高くないし経営は厳しい。ミサイルを作っても儲からないが、衛星打ち上げビジネスやスターリンクは商売になる。しかし、基礎研究は共通で、軍用にも商用にも応用可能な研究インフラが高まることが「国益」となる。私は国益という言葉は好きじゃないが、アメリカの国益に資するから公開研究インフラが高まる。
個人的には、日本は政府の研究マネジメント能力が足りていないと思う。マネジメント組織が無く、個々の研究機関の独立性が低い。当たり前だが、マスコミも受賞でもしない限り応用直前の話しか取り上げない。ベンチャーも最初から儲けを意識しなくちゃいけないからスケールが小さくなる。こんな事できたら良いのに、というようなことがあったらとりあえずDARPAに応募して食いつなぎながら研究を進めるような道が少ない。紐付きじゃ駄目なんだと思う。
じゃあ、日本版DARPAを作るとするとどうしたら良いだろうか?
多分、マネジメント組織の日本人比率は3割以下にして、多様性の高い構成にできたら良いだろう。DARPAは軍事技術世界一に資する基礎研究を育てようということになると思うが、日本版DARPAは専守防衛で侵略能力はないのに世界一攻めるのが難しい国を目指したら良いのではないかと思う。その技術は輸出もできるだろうし、世界平和に貢献できるのではないだろうか。経産省は、研究成果を見つつ、新世代の競争力のある産業確立のために力を出せば良い。
「研究者は軍事技術に取り組むべきではない」という考え方には私は与しない。特に、本気で日本が専守防衛を目指すなら、やらんでどうすると思うのである。