エストニア大統領のスピーチはすごかった

hagi に投稿

昨日、何気なく見つけた彼女のTweetをretweetしたら、6,000を超える♡がついて驚いた。

エストニアに強い関心を持っていて気にしていたから何気なく見つけたわけだが、彼女が日本に来ているのは知っていた。月曜日のイベントにも応募していたのだが、そちらは抽選で落選。今日のイベント「Hello Estonia  世界一の電子国家エストニアの大統領と語り合おう」も知っていたが、学生向けなので不適格と考えていた。ところが、たまたまラウルさんから来る?と誘われて、大使館の関係者からもOKが取れたので、他の予定を調整して参加することにした。 

46歳と最年少でしかも初の女性大統領でもあるカリユライドさんは、聡明な自由人だと感じた。開始時間は過ぎているのだが、横浜で少し歩きたいとのことで、駅にはついた時はほぼ開始時間だったのにも関わらず聴衆が待つ会場には直行しなかったのである。もともと生物学を専攻した後にMBAを取った人で、科学的な思考も政治的なセンスも兼ね備えた感じ。原稿なしの英語の30分以上のスピーチは明快だった。

私は、彼女が用いたLegal Spaceという言葉が最大のキーワードだと感じた。

彼女は、エストニアが再独立して先進国に追いつくためには、真似をしたのでは劣化したコピーしかできないから、違う道を探さなければいけない、そのためには再独立した新興国として全く新しい形で国を作り直したほうが良いと考えて先達がIT先進国の道を選んだのだと言う。その中で、秀逸だと思うのは、技術を取り入れるという所に集中したのではなく、技術を活かせる制度を作ろうとしたところだ。エストニアが再独立した90年代には、もう既に電子証明書の概念は確立していたし、90年代後半にはインターネットが世界の標準プラットホームになる流れは見えていたわけだから、それを前提に国創りをしようじゃないかという発想は振り返ればありだ。しかし、実際にやってしまったのだからすごい。

日本だってインターネットの力を活かそうと活動した人はいるし、技術は決して遅れてはいなかった。しかし、決定的な違いは日本では、既存の制度基盤があって、そこでインターネットをどう使うかという話だったのに対して、エストニアの場合は、電子文書(インターネット)&電子署名(電子証明書)を前提とした制度基盤を作ろうとしたところにある。この制度基盤が彼女の使うLegal Spaceだ。日本のLegal Spaceは紙&印鑑を前提としている。

例えば、エストニアには出生届はない。新生児の医療データファイルを医師が登録すれば、そこでPersonal Codeが採番される。細かな事はわからないが、産みの母親は確定するだろうから、そこから全てが始まっていくのだろう。その瞬間から、エストニアのLegal Spaceでは国民になる。あれっ、出産前の医療データも重要だから、Legal Space上では生まれる前にIDが振られているのかもしれない。いずれにしても、出生届を書いて捺印して役所に届けに行くという手続きをWeb化しても同じプロセスにはたどり着けるとは思えない。紙&印鑑を前提とした制度基盤の上にマイナンバーをおいたりポータルサービスを作った場合、どれだけ技術力があろうとも、電子文書&電子署名を前提とした制度基盤に勝てるわけがない。衝撃的である。

もちろん日本だけではなく、アメリカも中国も構造的にエストニアの社会整備スピードに追いつくことはできない。エストニアは小国だから、すぐには影響が目に見えるようにはならないだろうが、世界のLegal Spaceがエストニアのものにとって変わる日が来る可能性がある。どの程度のスケーラビリティが織り込まれているかはわからないが、電子文書&電子署名を前提としたLegal Spaceは標準化を促し、国を超えた約束を容易にする。違約時の対処は当面国単位の司法が扱うだろうが約束の基本は一人と一人の間で結ばれるものであり、電子文書&電子署名の下では本来国籍など関係はない。

彼女のスピーチでもう一つ大きく印象に残ったのは、彼女は自分をエストニア政府と同一視していないことだ。彼女はLegal Spaceとその上の実装が国家の本質と考えているように見えた。つまり、彼女自信も国家のサービスを受ける側にいる一国民でしかなく、国民目線でLegal Space=法制度とその上の実装=行政をより良いものにしていくのが彼女の使命だという考えがスピーチからにじみ出てくるのである。多くの国の政治リーダーと違って支配者目線が全く感じられなかったのだ。デジタル化が進むと、解釈による融通を利かせることが難しくなる。処理スピードが高速化するので人間の介在が多ければ多いほど効率が落ちる。電子文書&電子署名時代には人に頼らないLegal Spaceを確立していくことが目標になる。エストニアは政治にAIを応用しようと取り組んでいるが、これもエストニアのLegal Spaceを前提に考えれば自然な流れと言えるだろう。彼女には「最後は俺が決めてやる」といった不遜感がないのだ。Legal Spaceの構築と、執行=システム運用が主な使命であって個別の判断をすることは本来あってはいけないことなのだろう。なんだか、今まで考えもしなかった世の中が来つつあると予感させ、そのプロトタイプであるエストニアにさらに引き寄せられるような気持ちになったのである。

電子文書(インターネット)&電子署名(電子証明書)を前提とした制度基盤(Legal Space)と紙&印鑑を前提とした制度基盤ではその上に積み上げられるものが違う。岩の上の建築と砂の上の建築のような差と言っても良いかもしれない。エストニアのLegal Spaceと実装がずっとこのまま進歩し続けることができるのかは時が経過してみなければ分からない。しかし、現在の政治システムは終焉の時を迎えていると考えるのが適切だろう。後は、いつ変化が起きるのかが問題となる。

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