ウクライナ侵攻でライフラインの今後を考えた

ライフラインという言葉は和製英語なのだそうだ。英語のCritical infrastructureに近いとWikipediaに書かれていた。

ウクライナはユーラシア大陸に位置していて、欧州諸国は陸続きで道路、鉄道はつながっている。物資は一定のルールで動き、ネットワークが止められたり、破壊されれば様々な問題が相互に起きる。

ちょっと気になってウクライナが加入申請を行ったEUの事情を調べてみたら、European Critical Infrastructure(ECI)というページがあった。2006年にEuropean Programme for Critical Infrastructure Protection(EPCIP)という活動が始まったことが書かれている。EPCIPはテロ対策を念頭においたものになっていて、ロシアの驚異に基づくようなものには読めない。2008年の行動計画で、各国の重要事業者の把握とその動きを把握するところから始めることになっている。運輸とエネルギーが第一優先と明記されている。10年を経て、2019年に評価とアセスメント結果を文書化し、法制化を含めた活動が計画されていることがわかった。気の遠くなるような活動で、官僚の動きに頭が下がる。

EPCIPではECIは電力、石油、ガス事業者と道路、鉄道、空輸、水運、海運と港が対象になっていて、水道や通信ネットワークは含まれていない。ウクライナでは、輸送インフラが機能しなくなりつつあり、エネルギーインフラの一部もロシアの手に落ちている。人命の命運が侵攻者に握られた状態にある。

ライフラインはネットワークだから、迂回路が設けられれば機能し続けることが可能になる。バックアップは事業者や国を含めて様々な調整が必要だ。日本は島国でそういう国際関係はなかなか目に入らないが、EPCIPの動きを見ていると、事業者の主体性や国家主権は尊重されるもののネットワークとして機能するためにEUが調整、介入できるような形になっている。これを進めれば結果的に国家主権も制約され小さくなる。小さくなるかわりにネットワークとしてのレジリエンスが高まるという仕組みだ。機能すれば極めて有効だが、時間はかかる。

国際ルールを設定しようと思うと、科学的、論理的でなければいけない。EUの場合は、現在のプレーヤーの一覧とそのプレーヤーが事業継続を保証するために何をやっているのかを確かめ、管理すべき対象と手法を構造的に定義できるようにする。それをベースにして、将来形を計画して現状との差異を明らかにし、対応を進めていくことになる。2019年のアセスメント結果では、サイバー攻撃に対する防御が急務という意見が多かった。国内法制化の場合は、事業者からのヒヤリングはするかもしれないが、標準化や遵守ルールは国が決める。国がリスク評価をしなければいけないが、判断は国家の権利(国家主権の一部)である。原発のバックアップ電源の基準とか、津波の防御壁の高さを政治家が恣意的に決めることができてしまう。日本は大失敗の事例として記憶されている。国際ルールでも政治的な駆け引きが起きるのは避けられないが、より科学的な判断に近づくことになる。EUは加盟国が多いので力で押すのが困難な所が良い。しかし、簡単には決まらない。

個々の事業継続とは別に全体としてのレジリエンスも問題となる。ITの世界では良くSPOF(単一障害点)が問題になるが、ライフラインも強い依存関係が脆弱性であることは明らかだ。実際、石油やガスのロシア依存の高さが、ウクライナ侵攻問題解決の障害になっている。軍事分野で米国への依存度も問題だ。米国はイギリスとともに標準化に従わない傾向の強い国だし、決して清廉潔白とは言えない。ライフラインの保護を長い目で見ると、武力に関しても侵攻能力をもたない武器等を強化してそれらの融通によってレジリエンスを高めるのが現実的だろう。そういう意味では、制空権を守るための地対空ミサイルとか、対戦車兵器などを供与する現時点での活動は、私は「正しい」(好ましい)と思っている。ライフラインを守るためにできることは他にもあるだろう。ライフラインの損傷を補う赤十字の活動はその一つと言える。レジリエントなアプローチは地味だが重要である。勇ましさは派手だが、時に破壊的に機能する。

終戦後ウクライナがEUに入ると、当然ECIのネットワークの一部となり恩恵が得られるようになる。決してただではなく、相応の責任を果たし続けなければいけない。この経験によりEUはEPCIPを加速することになるだろう。短期的には、中国のような上意下達型国家のスピードに勝つのは難しいが、30年、50年で考えればより遠くにいけるだろうと思う。中国が先行してうまくやっていることをEUのルールにうまく取り組むこともできるだろう。

日本は、島国ということもあり、EU諸国のような形で外国との協調を探れていない。振り返れば、韓国、香港、台湾とは何とか壁を下げるような動きをして来なければいけなかったのだと思う。ちょっとイギリスと似ていると思う。海という壁があることで、国家主権が大きいほうが良いと思う人が相対的に多いのではないかと思う。長い目で見れば、今のような国家主権は守りきれない。強大な武力を持っていてもロシアが自由にはふるまえない現実に学ぶべきだ。アメリカも同じく世界の王にはなりえない。力の強さの賞味期限は意外と短い。

福島原発で、少なくない人が日本は人間が住めない場所に変わるかも知れないという恐怖を感じたのを忘れてはいけない。強くなることより、持続可能性、レジリエンスに力を注ぐほうが現実的だと思う。今後ロシアがどう変わっていくかわからないが、日本も時間をかけてでも相互に自由に行き来ができ、助け合い、責任を分担し合う関係を確立する必要があると思う。

ロシアのガスが無くなるわけではないし、ロシア人も日本人も同じ人間で、協力できない理由など無い。国家主権は国際的に協調しながら削っていくしか無いと私は信じている。

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