World Usability Day (WUD) Estoniaに昨年に引き続いて参加した。知人がオーガナイザーを務めているので、昨年はチケットを頂いての参加だったが、今年は自発的に自分で負担して参加した。Early Birdで税込み145.18€だった。デザインを中心とした話だが、かなりサステナビリティを意識した会合になっている。ランチもビーガンだった(チリコンカルネ風の弁当はビーガン感は少なく物足りないことはなかった)。
印象に残ったセッションを記録しておく。一番印象に残ったのは最初から2番目の以下のセッションだった。
Designing for Tomorrow: Incorporating Futures Thinking into Design for Resilient and Adaptable Solutions
Madeleine Tults: Strategic Designer at Trinidad Wiseman
DrupalのSIでも有力なTrinidad Wisemanの人だが、政府にも関わる社会派の方だ。
デザインの関わり方をHuman centred designからDesign as agent of changeに変えようと提唱していた。もう少し突っ込んだ解釈をすると、クライアントの意向を受けた売るための技術ではなく、要件は満たすとしてもメガトレンドを意識した上で、解くべき問題を研究(発見と定義)と実践シナリオ(開発と展開)の2つ(4つ)のステップで考えて結果を射止める形を提唱している。
メガトレンドとしては当然Climate Changeが一番にあって、持続性を可能にするための仕込みをデザインに入れようという話でもある。それに影響のあるソーシャルインパクトなどをシグナルとして組み込み、デザインからトレンドを作っていくという考え。
デザイナーのあるべき姿として、未来のレジリエントなサービスのデザインする人という考えを超えて、変化を実現することで参加する存在になろうと説く。
デザイナーという言葉からは、服のデザインをする人とか、工業製品の形状をデザインする人とかを思い浮かべるが、彼女が提唱するのは、もっと大きな視点を持てという考え方で、企業で言えば経営企画的な視点であり、デザイナーが国家100年の計を策定すべきと言った感じ。すごくエリート感があって、抵抗感を感じる人もいるだろうが、階段の高さや幅をデザインするのはデザイナーで良いデザインを採用して制度化するのが政治家という考え方は自然といえば自然で、治水や防災だってデザインだから、彼女の指摘には説得感がある。一つ目からウロコが落ちた感じがした。
この前の最初のセッションでデータセンターのエネルギー消費量が航空機の排出量を圧倒的に超え、ITサービスが世界を破壊しつつあることに警鐘を鳴らしていたこともあり、システム化に関わるデザイナーには相応の責任があるという彼女の考え方には耳を傾けなければいけないだろう。
AI in UX: Can We Be Trusted with the Magic Lamp?
Thorsten Jonas: Digital Sustainability Trailblazer & Founder at SUX Network
AIに関して、警鐘を鳴らすかなりインパクトのあるプレゼンテーションだった。便利な点は承知しつつも、イノベーションを生み出すものではないことと、生み出す価値に対するコストが大きすぎることを説明していた。
ChatGTPで231回質問するために使われるエネルギーは氷河が15kg溶けるという対比はわかりやすい。実際、データセンターのエネルギー消費はAIの処理でうなぎのぼりの状態で原発の追加開発が各国で検討され、中国では環境破壊を伴うレアメタルの採掘が盛んに行われている。投資競争の段階なので、実際にかかっているコストがユーザーに負担されていないということだ。気軽な質問が莫大な環境負担になっていて、次世代へのツケになっていることを忘れてはいけないと説いていた。
AIは炭素排出を5%〜10%削減できる能力があるのではないかと考える人がいるが、AIは炭素排出量を15%程度増やしているので割に合わないとも言う。金の力を使って力技で進めているので、確かに目に見える成果は上がっているものの、安易に礼賛してはいけないという主張は合理的に聞こえた。
「幻覚は、虚構あるいは詐欺のロマンチックな言い換えである(筆者意訳)」のスライドを用いた説明はなかなか刺激的だった。現実問題として、AIを避けて通ることはもうできない時代だが、その副作用についても考えなければいけない。考え直してみれば、核兵器開発競争と似ているところがあると筆者には思えてきた。競争に負けられないから、害があることがわかっていても、開発を止められない段階に入っている。先行企業が手を止めれば、追い越されるだけだ。警鐘は響いたけれど、現実的な対応策はデザインできるのもだろうか。デザイナーが力を合わせれば、持続的あるいはレジリエントな社会設計に到れるならばぜひ頑張っていただきたいと思う。
Operation Innovation: How the Estonian Defence Forces Took a Shot at Design Thinking
ランチ前の最後のセッションで、青年徴兵の兵役を軍外のデザイナーが見直した話。エストニアはロシアと国境を接していて、ウクライナ侵攻以降、危機感は大きく高まっている。兵役義務を一時期をやり過ごそうという取り組みでは、有事に役立つ兵士は育たない。従来は鬼軍曹が圧をかけて無理を通してきたが、もうそういう手法は現代エストニアでは通用しない。政府としても手を打たないわけにはいかず軍外からデザイナーをアサインして変化を起こした事例の発表だ。後刻の懇親会で発表者の一人を捕まえていろいろ教えてもらったので、発表そのものに含まれていない注も加えて書いている。
プロジェクト情報は、RESEARCH-BASED CONSCRIPTION ⟩ How Two Insightful Women Are Reshaping Estonia's Military Service with Behavioral Scienceで紹介されている。
発表では、約1年の兵役に対して招集適格者は約5割、さらにその中で4分の1は健康診断にも現れないという話があった。適格者が5割が低すぎると思ったが、その感覚はあっていた。現実には徴兵の時期に故意に疾病の診断を受けて、不適格にもっていく人が後をたたないのだと言う。ソ連時代に兵役に取られた父、祖父世代のエストニア人にはシベリヤなど過酷な開拓が割り付けられたり、恐怖支配の経験が強く軍というものはそういう風なのが当たり前だという感覚が染み付いている。母は当然そんなところに愛する息子を送りたくない。もちろん、恋人と離れ離れになったり、積みたいキャリアに向けた鍛錬が中断するという問題もある。防衛という軍の実現したい目標は外せない中、どうデザインすれば現代のエストニアで徴兵を成功させることができるのかというのがデザイナー(発表者は女性2名)に政府が与えた使命である。それだけでもすごい話だ。
デザイナーはまず徴兵中の若者へのヒヤリングを行い、いくつもの改革を行ったという。一つは、上官が訓練中の失敗を叱らない、自主的な判断を尊重する(これも失敗の許容)、チーム応募(自分の親しい友人と同じ部隊への配属を保証する)で初期段階での孤独ストレスを軽減するなどが説明された。誰かが防衛に携わらなければいけないことは誰でも分かるし、運悪くその時期に自分が当たってしまうこともあることも分かっている。リスクはゼロにならないなか、きちんと訓練を受ける気になり、限られた期間でできる限りの成果を上げなければいけない。母親の応援も重要で、しょうがないことはしょうがないとしても軍に息子が壊されることがないと考えてもらえるようにしなければいけない。息子の兵役の先輩の母親からの評判ももちろん無視できない。そのために、上官の反対を押し切って、入隊1週間後の日曜日に母親見学会を開催することにした。また、チームビルディングの観点から、兵舎の廊下の壁を部隊で(自分達で考えて)塗り直すようにして、押し付けられたチームではなく、自主性のあるチームとして編成するように変えたと言う。息子たちは、入ってみて意外ととんでもないところではなかったと母親に感想を言い、母親もほっと一息をつく。母親の心配が薄れれば、息子のストレスも減る。ストレスが減れば、学習パフォーマンスは上がる。さらに、鬼軍曹方式ではなく、防衛目的の達成に意識が向くようになると、失敗から学ぶ力も高まる。
兵役時期終了時のチェックで、リデザインチームの方が、パフォーマンスが高かったため、軍幹部もなぜその結果に至ったかに真剣に向き合うようになったという。もちろん、今まだやって来たやり方が最高だと考えるバイアスを取り去ることはできないが、もう一度軍の存在理由は何かに意識が向かえば、一定の変化は許容可能になる。
兵役期間終了後も2年に一度短期間の再訓練が求められる。リデザインチームでうまく機能するかをデザイナーはとても気にしていた。レディネスを高めなければ有事に機能しない。軍で期待される人材に育ち、自尊心が従属されればQOLも上がる。どう仕事と両立していくかも変化することになるだろう。
日本で、これをデザイナーの仕事と呼ぶとはちょっと思えないが、素晴らしい仕事だと感じた。
Beyond ‘Behaviours’, Use Behavioural Traits Instead
Lauren Alys Kelly: Behaviour Thinking Director at Alterkind
午後は、ノウハウ的な発表が多く、ちょっと売り込み感が強く出ていて、結構眠くなってしまったが、このセッションは面白かった。まず、導入部で、We need to capture complexityというスライドで、良く観察しようと訴えた。具体的な観察・事実把握方法について4つの要素で見る方法論を解説した。
手法は特別新しいものではないようだが、実践的な解説は会場を沸かせるほど素晴らしかった。人間中心、ユーザー視点での分析で、右上から時計回りに信頼性、容易性、即応性、価値を軸としている。信頼性は期待通りに動作することを意味するし、容易性、簡便性はUIが複雑にならないようにすることを表している。代表的なデザイン比較はTVリモコンとiPodだ。即応性は使おうと思った時に使えるようになっているかで、価値を最後に位置づけている。デザイナーは、それを全く逆方向に展開することもある。まず価値とは何かを問い、最後に信頼性の徹底検討に向かうのもありだ。ものであれば、生産プロセスでは品質の折り込みと品質検査、品質保証が極めて重要になる。
エンジニアは、概ね機能にこだわりをもつ。UIは機能があっての要素で低く見られてしまうことが少なくない。しかし、実際アニイはUIが製品やサービスの成功、失敗に大きな影響を与える。機能は、ある程度後発者が模倣することができるので、結局UXがビジネスプロジェクトの成否を左右する。考えてみれば、当たり前のことだが、経営者、特に2代目以降の経営者、経営者候補でそれを良く理解している人は少ない。少なくとも私の身の回りには、そういう人は僅かしかいない。優れた価値を届ける力を中々評価できないのである。コンサルはそこを支援するのが仕事でもあるのだが、結局はクライアントのビジネスマネジャーを満足させることで利益を得るので、デザイナーとして活躍できるケースばかりではない。効率を上げるためにパターン化する傾向があり、本質的なデザイン思考とは対極に陥ってしまうこともある。
説明された手法は、昇格候補者へのトレーニングとしても活用できると感じた。
懇親会では、How the Estonian Defence Forces Took a Shot at Design Thinkingの発表者に多くの人が話しかけていた。私の番が回ってくる直前の写真を掲載させていただく。
質疑応答もとても丁寧かつ慎重。同時に謙虚で感心した。