住所ってなんだろう

hagi2020/06/10(水) - 10:45 に投稿

住所ってなんだろう、何のため、誰のためのものなのだろう。

今日Qiitaのメール経由で「日本の住所の正規化に本気で取り組んでみたら大変すぎて鼻血が出た。」という記事を読んだ。

Geocodingは住所から位置(Location)を特定する技術だ。緯度経度も大地震があると1m程度動いたりするので、長屋レベルになると地震前の緯度経度が地震後はとなりの家を指している事はある。もう少し長い目で見れば、プレートが動いているので気が付かないうちに自分の住んでいる家も動いている。モニタリングの精度が上がれば上がったなりの悩みが生じる。何が言いたいかと言うと、郵便システムとして何かをどこかに届けたいと考えた時に、Geolocationは決定打にならないという事だ。郵便システムでの宛先は、住人あるいは住所であって位置ではないのである。

行政の視点は郵便の視点と異なる。測地は所有権、課税と結びついているので、境界の決定は重要だ。ざっくり理解しようと思うと、東京都と神奈川県は多摩川のこちら側とあちら側だと考えてみると良い。多摩川は時とともに流れを変えるので、じゃあそれとともに県境も変わるのか、そうでないのかという話になる。もう少しミクロになると、例えばへび道が区の境となっているところで、その道のどこからが文京区でどこからが台東区なのかが気になる人もいるだろう。普段は気にしないのだが、水道管が破裂したら、どちらの区の税金で補修するのだろうと思ったりする。

最初の問に戻る。「住所ってなんだろう、何のため、誰のためのものなのだろう。」だ。

記事にある「京都府京都市東山区大和大路通正面下る大和大路2」という住所は郵便システムの宛名として機能しているもので、地震等の影響でGIS上の位置が変わったとしても、住所は「京都府京都市東山区大和大路通正面下る大和大路2」で変わらない。その時に改めてGeocodingすると、得られる緯度経度は変わっているかも知れないが、住所は変わらないのである。実際2002年に日本では測地系の標準が改定されていて旧測地系の緯度経度が示す点と新測地系の示す点は数百メートルも動いた。もちろん、その変更にかかわらず「京都府京都市東山区大和大路通正面下る大和大路2」は変わらない。この場合の住所は宛先なのだと思う。この場合の住所は、割と自然人にとっての場所という意味合いと考えるのが適切な気がする。

  • 郵便システム上の住所
    • 誰のため=自然人のため
    • 何のため=自然人とつながるため

一方、行政の観点だと、同じ住所に大量の住居が含まれているケースもあるし、住所が定まらない場所もある。例えば、富士山頂は何県か?というクイズがある。郵便上の住所は、〒418-0067 静岡県 富士宮市 宮町1番1号だが、公式に静岡県も山梨県も富士山頂がどちらの県に属するかは決めないとなっている。つまり、行政上の住所は存在しない(首長がいない)。

  • 行政システム上の住所
    • 誰のため=領主のため?
    • 何のため=管理のため(金のため)

Geocodingは住所をその時点の位置に変換する技術なのだが、そもそももととなる住所という記号が割とふわふわしたものなのだ。位置も動くだけに「正しいGeocoding」は存在し得ないのだと思う。

ちなみに、日本国は自然人を行政システム上の住所に基づいて管理している。国は領土であり、領民を支配する主体であった時代のなごりだと思っている。だから、マイナンバーは海外に移住したりすると住所がなくなって国内居住者と同じように扱えないのだ。領民しか見ていないシステムということになる。

私は、郵便システム上の住所は不要になることは無いと思う。行政システム上の住所はうまくICTシステムが設計できれば住所という記号はいらなくなるだとうと思っている。むしろ行政システム上の住所を廃止する方向を志向することで、本質が見えてくるのではないか。郵便システム上の住所が行政システム上の住所の呪縛を受けなくなれば、もっと自由に使えるようになり、むしろ「京都府京都市東山区大和大路通正面下る大和大路2」的な住所は増えて良い。情報システム的にGeolocationで候補が絞り込めれば、どんな住所でも構わないだろう。何丁目とかいう表現よりは幸せになれる気がする。慣れてしまっているが、何丁目って民の目線じゃなくてお役人様の目線なんだよな。

首長は領主ではない。もちろん、天皇も総理も日本の所有者ではない。しかし、一見似ているだけに勘違いが生じてしまう。現在の日本憲法では主権者=自然人を起点に考えることになっている。その延長線上で考えれば、土地(住所)に人がついているのではなく、人に土地(責任)がついているモデルに転換しないとうまく行かないだろう。