現在利用中のTwitterアカウントが東北大震災由来だったのを思い出した

東北大震災の時に、関係者間で必ず連絡が可能な状況を維持することを強く意識した。

「Twitterに登録した日を覚えていますか?」というリマインドがTwitterから来た。このアカウントは東北大震災後に情報共有目的で作ったものだったのを思い出した。#MyTwitterAnniversary pic.twitter.com/SFn0e4cYbP

振り返ると携帯電話を使い始めたのは1992年、その5年前の1987年に東芝のラップトップJ3100を購入し、日経MIXを使い始めていた。最初の海外出張でアンカレッジ経由でミラノ、ロンドン、エジンバラを訪問した頃のことだ。会社ではドメイン名をとって、インターネットメールにつながったのがこの頃で、それを使って海外のアポ取りをやったのを懐かしく思い出す。当時はぺいぺいだったので、ほとんど呼び出す側だったのだが、94年には役職者になっていたので、呼び出される側の比率が上がっていた。関係者になにか困ったことがあった時には、萩原は必ず連絡が取れて必ず相談に乗ってくれる人にならなければいけないと考えていた。部下がどう思っていたかはわからないので、単なる自己満足かも知れないが、確かにそう思っていたのだ。

2011年当時アメリカから持って帰ってきたアンドロイドのT-mobile G2を携帯していたのは覚えているが、ネット接続をどうしていたのか思い出せない。確か、本格的にスマホを使い始めたのは、2012年のGalaxy noteだったような気がする。

今だと多くの日本人が頼りにしているのはLINEだろう。私は、強いられないかぎり使わない。

世界中どこにいてもいつでも連絡ができる道はずっと進化を模索し続けたいと思う。