ジェンダー・ギャップ指数120位

田原総一朗が世界120位、日本の「ジェンダー・ギャップ」をどうするのか!?という記事を書いるのを読んで、ちょっと調べてみた。

元ネタは、World Economic Forum’s Global Gender Gap Report 2021で、PDF版の233~234ページに日本の状況がまとめられている。レーダーチャートを見ると、平均と日本のスコアが著しく違うのは政治(Politics)だけであることがわかるが、15年前(2006年)との比較で見ると、経営参加は指標が若干上がっているが、教育機会、健康、政治ともスコアが落ちている。スコアが上がっている経営参加も、順位では83位から117位に転落していて、世界中で経済界での男女平等が改善されつつあるのに追いつていない。15年前には1位だった健康スコアでも65位(日本のランクでは最上)まで落ちてしまった。一言でまとめれば慢心である。慢心は、過去の成功体験に基づくおごりだ。多くの年をとった人がかかる病である。

田原氏は議員や閣僚、また企業の役員などの一定数以上を女性に割り当てる「クオータ制」導入を検討するべきだと書いている。緊急避難的な対応としては適切だと思う。

SDG'sの動きなどを見ているとまだまだ国際格差は深刻だが、技術進歩の恩恵で生活水準はグローバル視点で向上している。過度の役割分担をしなくてもみなが生きていける環境は整いつつあると考えるべきだろう。過去の体力勝負が勝因という幻想の成功体験から脱せていないのが原因だと思う。恐らく当時もほとんどは幻想だったのだが、支配被支配の構造が余計なことを考えずに生産性を向上させる効果を生んでいたのも事実だろう。その幻想が今も心を蝕んでいて、結果より努力を尊重する気持ちから脱することができないでいる。努力は感動を生むが、ありたい世界に近づくことのほうが大事だと思う。

クオーター制も悪くはない。しかし本質に迫ろうとするなら、若い人にも年長の人にも、自分の目でいろいろな地での動きを見る必要があると思う。かつて、日本は外遊してきた人の話を聞き取って、もっと良い暮らしができる方法を探っていた。同時に、侵略されないように守りの準備も整えてきた。

どれだけ準備しても、武力に頼ってしまえば勝者は存在しなくなる。

ジェンダー格差に関わらず、多様性の尊重は「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努め」る以外にないと思っている。ナショナリズム、選民意識を捨てる以外の道はないだろう。