デジタル・トランスフォーメーション(DX)

日本のデジタル・トランスフォーメーションの定義は、

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。

となっているらしい。正直に言って何を言っているかわからない。

IPAが「【これでわかる】DX(デジタルトランスフォーメーション)をわかりやすく解説」というページを出していて、こちらは、

DX(ディーエックス)とは、「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の略称で、デジタル技術によって、ビジネスや社会、生活の形・スタイルを変える(Transformする)ことです。

としている。言葉としては、ずっと分かりやすいが「変えること」と言われても変えたらどうなるの?という問いへの答えがないとピンとこない。

政策的に考えれば業界再編、組み換えによって全体としての生産性を飛躍的に向上させ競争力を獲得するという意味だろう。

D X レポート 2.1 (概要) - 経済産業省のP12の「3.4 デジタル産業の構造と企業類型」の絵を見ると、少数の大企業が多数の中小零細企業を取りまとめて製品やサービスを提供していく現在の作業構造から、多数の(専業)サービス企業が効率の良いプラットホームサービスを利用して豊かな社会を構築してくというモデルに読める。

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これは、ゲームやコンテンツビジネスの構造に近い。その後のページの例には違和感があるが、今起きているWeb2.0への移行は、この流れだと思う。デファクトを含む標準化が進むと、要素サービスの互換性が高まり、そのサービスを使うプレーヤーは自分ではそのレイヤのソフトウェア開発は不要になる。

医療分野だと、例えば検査データの標準化が進めば、どこで検査しようと統一な扱いが可能になり、検査サービス企業の淘汰は進む。医療機関も生活者も必要な情報にアクセスできるなら自分で持っている必要はない。日本でもマイナポータルから新型コロナのワクチン接種情報は取れる。医療費情報や調剤情報もリアルタイム性が低かったり、保険外診療が出てこないなどの問題はあるが、一応取れる。しかし、例えば血液検査の結果明細などは今は取れない。検査データがポータブルになれば、複数の医療機関で重複検査をすることもなくなり、その分野でのDXが進んだということになる。そう考えるとDXは規制改革ということもできる。

企業活動という観点で見ると、マイナンバーや企業番号などのデジタルアイデンティティが識別情報として機能するか否かは極めて重要で、日本の場合はマイナンバー制度が官の合理化のための制度になっているので本当はそこから解決しないといけない。同時に、GDPRのような個人情報保護のシステム的な対応が必要で、個人情報は官のものではなく、本人のもので官や民に対してアクセス権を付与するものに変わっていかないと土台が整わない。

鉄道の上下分離が話題になっているが、運行システムのオープンソース化や標準化が進めば、運行サービスを提供する企業は地域に依存せずにサービスを提供可能になるだろう。もちろん、人間が担当する部分は地域に依存するが、規模の小さな鉄道会社が自前でシステムを保有する必要はなくなる。モニタリングデバイスや制御デバイスもAPIレベルの標準化が進めば新規参入の機会は増える。個々の鉄道会社に営業に回るより数社の運行サービス提供会社を相手にすることになるから、経済効率も上がるだろう。高度成長期が終わり垂直型のモデルが行き詰まっているのだから、水平型を目指していくのは妥当な選択だろう。転換期は混乱も起きるだろうが、Mobile as a serviceに向かう時代の流れと同期する。箱から考える時代から、ニーズに満たす互換サービスの組み合わせの時代に向かうという話で、キーとなるのがDXに資するソフトウェア開発ということと言ってよいだろう。

完成品を提供する主体が垂直的に取りまとめるのではなく、レイヤを切って、互換性のある形で他社に依存するエコシステムが回るようになるのがDXの本質と言える。

DXレポートを読むと、どうも現在の大手企業が変革するイメージに見えるが、むしろ産業政策の大転換が必要なのだろうと思う。

企業サイドから見ると、自分の強みを把握した上で、徹底的にリーン化していかなければいけない。従来的に言えばアウトソーシングだが、企業間契約に基づくアウトソーシングではなく、システムサービスを使う形となるだろう。先日電子ロックのQrioのサプライ品を頼んだが、Qrioのページで商品を選択した後はAmazonのアカウントで支払えた。クレジットカード番号などを収集しないのはユーザーにとってはリスクの軽減になるし、Qrioは情報漏えいのリスクから開放される。厳密な定義に適合するか否かは別にDXが進んだ企業の例と言ってもよいだろう。

物流や決済サービスは既にAmazonがプラットホームサービスを提供しているが、制度設計次第では標準APIに準拠するように求めることはできる。互換性が確保されれば新規参入も可能になる。例えば、ヤマト運輸がユーザーの住所とIDを管理して、そのIDをQrioで入力すれば住所を集めなくても良くなる。

一般企業のDXを考えると、自分たちが提供する価値は何かが改めて問われることになる。

納品先が大企業の中小企業の場合は、販路の拡大を検討することになるだろう。Qrioのような最終商品を提供する新しい企業が続々と生まれてくるようになると、場合によっては納品先の候補になるかも知れない。しかし、スタートアップにいちいち営業をかけていては効率が悪すぎる。人手を介さずに小ロット受注が可能な状態を目指すことになる。ここにもAmazonがいるが、日本のDXが進めば、恐らくコスト的にもサービス的にも日本のプラットホーマーの選択が合理的になる可能性はある。

そうやって考えると、政府調達などの改革が重要となってくるだろう。品質保証問題など、大企業に依存して責任を負わせるようなモデルから専門サービス連携への移行が進まないと困る。小さな新しい企業が新たな商品やサービスを提供するインフラを整備するのが政府の仕事だと私は考えている。政府調達のソフトウェアの調達条件にオープンソース/MITライセンスを加えれば、標準化を進められる可能性があるだろう。1円入札の真逆を目指すのが良い。ベンチャーファンディングモデルと近い。規制改革による競争環境整備だから、政治の出番だ。政治家や官僚もどこかにうまい話は無いかという助平心を捨てて競争環境再整備という視点で取り組んで欲しい。それが公務員の仕事だ。戦い方が分かってくれば、きっと多くの中小企業が自信を持つようになって存在感を高め、大きいだけの企業は衰退していくだろう。私は日本が新たな成長期を迎えられるチャンスはあると思っている。

やや先走るが、Web3のスマートコントラクトはかなり重要な役割を果たす可能性がある。コンテンツNFTが注目されているが、DXの観点でどうインフラにしていくかを考える価値があると思っている。

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