常識は時代とともに変わる(LGBTだけではない)

毎日新聞が『首相秘書官、性的少数者や同性婚巡り差別発言』をリリースして、荒井勝喜氏は更迭された。Twitterでもたくさんの意見表明があったけれど、私が関心を持ったのは、倉本氏のものだ。

「同性婚に関わる暴言は一発アウトで更迭」が右派、左派に関わらずコンセンサスになった、という意見は興味深いと思う。言い換えれば思うのは勝手だが、差別表明したらアウトということで、教育が捻じ曲げられなければ今後10年程度で若い人には常識となる。私自身、昔はLGは一種の病気だと勘違いしていた。科学的な研究も進み、性同一性が確率的な事象であることを知るまでに長い時間を要した。思い出せば自分の周りにもそういう人はいたし、中学の時に被害に会いかけた経験もある。まさか男子がそういう被害に会う可能性があるとは想像もできなかった。違和感を感じて離れた時は追ってこなかったので事なきを得たが、親しげに話しかけてきたおじさんの言動が性的で恐ろしかった。後刻、あれは危なかったと思ったが実際の被害があったわけでもなく多分誰にも言わなかったと思う。

 実際には同性を性的対象に感じるのは特別なことではなく、一定の確率でそういう風になってしまう。恐らく3%以上は間違いなく7%程度と見るのが適切なのではないかと思っている。しかも、連続性のあるものなので、Bもアセクシャルもある。それ自身は個性であって善悪ではない。まずそれを前提にものを考えないわけにはいかない。

制度上の婚姻をどう規定するかは別にして、LGBTは現実と捉えると、改めて性的同意の問題が重要となってくる。自分が誰か他人に性的関心を持たれたときに、触れたい、キスしたい、性的関係を持ちたいという意思表示が必要なのが性別に関わらず常識となれば安全性は確実に高まる。好きになって近づきたいと思えば、告るか告らせるかのステップを踏んで性的同意を得なければいけなくなる。一般には男性の方が力が強いし、上司部下の関係など、多くの場合で人間関係は対等ではない。意識的、あるいは無意識であっても強者にとっては同意のステップは面倒だ。これは本質的な人権問題の難しさにつながるもので、しばしば強者の慈悲によって人権が守られるという誤解を生む。

「(男は)タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」という言葉があるが、この言葉に賛同して高潔に生きるのは美しいが、実は人権的に見ればアウトだ。EU的制度設計では、弱者が強者の慈悲で生きていくような社会はアウトなのだ。人権を尊重できなければ生きていくことはできない制度設計が必要となる。ただし、残念ながらその制度を維持させるためには警察や時には軍のような武力が必要となる。それでも、俺が権力者になってお前らが生きていける社会を作ってやるという発想では困るのだ。保守派の多くは「俺が権力者になってお前らが生きていける社会を作ってやる」、その価値基準は(丁寧に耳を傾けるとしても)俺が決めるという話になる。確実に差別的になってしまう。価値観が個人に依存してしまうから、長期的な持続性は期待できない。

さて、今回の差別発言の件に戻るが、北海道新聞が『<社説>荒井秘書官更迭 政権の差別体質を疑う』を出している。「性的少数者の基本的人権を侵害する差別発言であり、政府の要人にふさわしくない。更迭は当然だ」は全くそのとおりだが、保守派の中には、そもそも「性的少数者の基本的人権」など存在しないと考えている人は確実にいる。つきつめれば、自分が嗜好する社会に貢献する人以外には人権などいらないと考えているから、平気で生産性がないなどと言える。しかし、例えば杉田氏の周りには、女性に人権などいらないと考えている人がうごめいているから、タフでなければ生き残れない。生き残るためには人を踏みつけにすることもためらわない。突き詰めれば、自分以外を奴隷にすることを志向していることにほかならない。他国民に冷たくあたるのも平気だから、当然逆から見れば敵となる。敵が現れればよりタフになれなければ生き残れない。もちろん外敵だけではない。内部の権力闘争に勝たなければいけない。フェアネスなど意味を持たなくなる。結局、保守は本質的に破滅的なのだ。

一方で、どんなに高潔な生き方をしていても、敵は現れる。制度と警察力等で守れる範囲には限界がある。力がなければやられるだけだという保守派の主張も現実だ。それでも女性が強くならなければ自分を守ることができないという社会にしてしまうのはもはや現実的ではない。子供を生む機械扱いをすればむしろ子供は生まれなくなる。子供の人権を守れなければ子供は育たない。教育をケチれば人は育たないから30年も経過すれば確実に国際競争に負ける。エリート教育で育成強化しても、所詮数には勝てない。

当たり前のことだが、限られたリソースを何に振り分けて、防衛的には何を守るか考えなければいけない。岸田氏は同性婚の法制化で「家族観や価値観、社会が変わってしまう」と言っている。簡単に言えば、今権力を握っている保守派の支配構造が崩れるのが耐えられないと言っているのと変わらない。つまり、人権など権力維持に劣後する問題に過ぎないと断言しているのと同じである。これは、欧州的な価値観からすれば完全にアウトだ。

BBCの『Japan PM fires aide over derogatory LGBT remarks』を読むと、そもそも岸田、お前アウトだろうという含意が透けて見える。欧州の中ではかなり保守的なイギリスのメディアでも日本が人権後進国であると書いているのだ。もちろん、欧州の考えに何でも従う必要があるとは思わないが、距離がありすぎると何かに向けて力を合わせることが難しくなる。

どういう形が望ましいかはわからないが、NATOとの関わりも考えないわけにはいかないだろう。九条がある前提でやれる方法だって探してみる価値はある。選択肢を増やす上でも、日本が人権問題に真剣に向かい合わないわけにはいけないと思う。同性婚の法制化も不可避だと思うが、優先しなければいけないのは性的同意の厳格化だろう。それが当たり前になれば、同性だろうが異性だろうが性的同意を求めるのが常識になり、好まなければ自由に否定できるようになる。やがてLGBTのカミングアウトも容易になっていくだろう。性的同意の伴わない性的行為が全て犯罪となれば、安全性は高まるはずだ。保守派の抵抗で時間的遅れが出るとしても、やがて時代は変わる。

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