X-Road Community Event 2023

hagi に投稿

しばらく前にPlanetwayという会社とちょっと関わったことがあって、X-Roadというオープンソースに出会った。

X-ROAD® IS OPEN-SOURCE SOFTWARE AND ECOSYSTEM SOLUTION THAT PROVIDES UNIFIED AND SECURE DATA EXCHANGE BETWEEN ORGANISATIONS.

x-road®は、オープンソースソフトウェアでありエコシステムソリューションです。x-road®は、組織間で一貫した方法で安全なデータ交換を可能にします。

その後、当時のPlanetwayは不調になり、私の知り合いはほとんど辞めてしまってX-Roadとの関わりはなくなっていたのだが、ずっと気になっていて、X-Road® AcademyのX-Road® Fundamentalsを受講し、一応合格点を取った。

X-Roadは、Digital Public Goods Alliance認定のDigital Public Goods(デジタル公共財)でもある。認定記録には以下のように書かれている。

Where was this solution developed?
Estonia,Finland,Iceland

Where is this solution actively deployed?
Argentina,Azerbaijan,Barbados,Brazil,Cambodia,Colombia,Djibouti,Dominican Republic,El Salvador,Estonia,Finland,Germany,Iceland,Japan,Kyrgyzstan,Mexico,Palestine State,Vietnam

もともとエストニアで省庁間の安全な情報交換を行うために作られたもので、Once Only Policyを実現するために作られたとも言える。統括しているNPOはタリンに本拠を置くNIIS。ビジョンは以下のように宣言されている。

NIIS is a strong influencer in digital government innovation and a platform for cross-border cooperation that creates value for its members, other stakeholders and society.

NIISは、デジタル・ガバメント・イノベーションにおける強力なインフルエンサーであり、メンバー、その他のステークホルダー、そして社会に価値を生み出す国境を越えた協力のためのプラットフォームである。

エストニアの行政システムが念頭に置かれているものの、もともとフィンランドとエストニアの首相の合意で始まったもので、世界を変えようというレベルの野心的な取り組みだ。

エストニアでは、省庁がそれぞれに情報収集するのではなく、そのデータに責任をもつ省庁がデータを安全に管理し、他の省庁は法令で許されている範囲または本人の許諾に基づいて、所轄省庁から個人情報を取得する形になっている。eIDが生誕時に発行され、全ての市民の識別子として使われている。民間にも一定のルールで開放されている。例えば、新型コロナウイルスのPCR検査は、検査機関が検査結果をeIDと結びつけて保管し、医療機関が本人許諾に基づいてそのデータにアクセスし、診断や診療行為を行うようになっている。おそらくアルゼンチン、アゼルバイジャン、バルバドス、ブラジル、カンボジア、コロンビア、ジブチなどの国は政府の情報システムに利用しているのだろう。日本はPlanetwayが民間企業のデータ連携のソリューションとして展開していた。製造業と販売・施工・メンテ業者はそれぞれがユーザーの個人情報を有しているが、例えば、引っ越すとメンテ業者は切り替えないといけない。データの引き継ぎは、本人許諾のもとで業者間で引き継げばよいが、データ交換のプラットホームがなければそういったことは困難だ。ちょっと考えると、個人の識別子が重要なのはすぐわかるが、日本のマイナンバーは制度的に問題があるので、一貫したプラットホームの利用は困難だ。デジタル・ガバメントの基本は、eIDと個人情報保護法の整備にかかっている。伝統的な国の行政システムは、徴税と徴兵を意識したものになっていて、支配の仕組みとなっている。日本のマイナンバーはまだそのモデルから出られていないが、EUでは、IDはEU市民の権利を保証するものという方向に再整理が進んでいる。エストニアは、抑圧されてきた過去も影響しているのか、個人の人権を起点にeIDが設計されている分野優等生だ。民間がIDを収集してはいけないマイナンバーと違って、官民に関わらずマイナンバーに紐づいている個人情報の扱いを人権として保証しようという方向になっている。

どの国も、デジタル公共財を利用してデジタル・トランスフォーメーションプラットホームを整備すれば、安価に相互運用性のあるシステムを構築することができる。ただ、eIDと(GDPR準拠の)個人情報保護法がマッチしていなければうまく行かないし、多くの国では、大きくかつサイロ化された行政システムが林立していて、それぞれで個人情報を集めてデータの不一致だらけになっている。デジタル化がすごく遅れているか、再構築、リファクタリングを覚悟したところでなければ利用は難しい。現実問題として、欧州でも一部の国の一部の範囲でしか利用できていない。

とは言え、EUでもJoinupページで紹介しているので、域内連携の基盤としての導入は今後進むだろう。欧州市民権の恩恵が拡大していくはずだ。

いずれにしても、非常に大きな話で、基盤の一部だから私が直接関わることはないだろう。それでも、やがて世界中の行政システムが相互連携する方向に進むだろうから、その動向には大きな関心を持っている。

そういう経緯で、昨日2023年9月22日に開催されたオンラインイベントのX-Road Community Event 2023に参加した。知識も不足していて理解できなかった部分も多くあったが、Decentralised trust modelに向けた検討が進んでいる点は印象に残った。EUから出たということもあるだろうが、頂点、あるいは支配者を持たない形態を意識している、意識せざるを得ないのはとても興味深い。合意に基づく分散型の信頼形成モデルが機能するようになったら、すごいことだと思う。

頭を取るという支配者指向の帝国型政治家はいなくならないだろうが、分散型信頼形成モデルはじわじわと広がっていくことになるだろう。階層構造的に国と国とで合意をして、それぞれの国に属する組織がその法にしたがって、多国間のやりとりをするという形式が、一定の範囲でフラット化していくことになる。

イベントでは、システムのインプリやバージョンアップ方向に関する発表もあったが、コミュニティ開発のセッションには考えさせられた。オープンソースプロジェクトと考えると、つい開発コミュニティやDrupalで言えばサイトビルダーコミュニティといった人のつながりを想像してしまうが、エコシステムソリューションとして見ると、コミュニティはこのプラットホームの参加者を指すことになる。国であったり、企業であったりするわけだ。例えば、エストニアの人が、フィンランドに出張している最中に病気になった時に、フィンランドの病院がX-Roadを適切に導入していれば、エストニアで保管されている自分の個人情報へのアクセスをフィンランドの医師に許諾すると病歴が見られることになる。そういったビジネスプレーヤーがコミュニティのメンバーとなる。コミュニティのメンバーが増えることがネットワークの大きさとなり、ネットワーク効果が出始めると、不可欠なものになる。不可欠なインフラがオープンソースで実現されるようになったら大きな変化だ。民間企業も顧客サービスの充実のために否応なくX-Roadに接続する時代が来るかも知れない。クレジットカード決済に応じないお店から客足が遠のくようなものだ。

国連がデジタル公共財を推奨しようとしているのはよく分かる。お金のない小さな国でもサービスレベルを上げることができ、場合によっては古いシステムに縛られている先進国を超えることができる。さらにX-Roadのようなモデルが機能し始めると、例えばクルド人のように複数の国に分散している難民が、デジタルの世界では一つの国のように機能することもできるようになるかも知れない。国境というバウンダリーが分野崩壊する。

国を超えるコミュニティのスケールアップは時代を動かしていく。インターネットの普及によって起きたパラダイムシフトはまだまだ続く。特に先進国の人たちは、俺たちは最高だという幻想と戦わなければいけなくなる。日本は、今後かなり厳しい時期を過ごすことになるだろうが、現実に向き合うことができればまだまだチャンスはあると思う。俺たちが作ったものじゃない(NIH)ではなく、良いものがあれば応援(Contribution)して、デジタル公共財を育てていこうと考えることが大事だろう。

ちなみに、支援企業のロゴが表示されている中にPlanetwayが出てきて驚いた。ページに飛ぶとニュースリリースが更新されていて、2022年から活動を再開していたようだ。

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