オープンソースコミュニティの法人化に関わっている。
一番最初は、任意団体だと銀行口座の問題があるとか、契約書や請求書の主体が明確にならないとか、そういった問題の解決なのだが、実際に立ち上げようと思うと、それだけでは済まない。
設立時役員が腐敗してしまう可能性もあれば、荒らしや乗っ取りもあり得るから、どうやってリスクを下げるかを考えなければいけない。法人化すれば、コストもかかる。実際には、法人化していなくてもコストはかかっていて、誰かがそっと負担しているのだが、法人化すればそれが表面化する。透明性を上げれば異論もでる。そんな金は無駄だとか、そっちよりこっちに使えと言った意見が出るのは避けられない。よりうまくコミュニティを運営したいという善意で始めても諍いを生み、コミュニティの崩壊につながるリスクすらある。現実的には、一度立ち上げた法人が経済的に破綻すれば、賛同して会費を払ったり寄付をした人を裏切ることになる。
法人化すれば、代表者や役員を設定しないわけには行かない。同じ人が長く務めるのは組織停滞の原因になるし、かといって頻繁に変わって方針が変わりすぎるのも信頼を損ねるリスクがある。善意で始めてもそれでうまくいくとは言えない。
オープンソースのコミュニティの事例を見ると、本当に最小限にして組織運営している事例を多く見かけるのだが、そのオープンソースの人気、利用に比してコミュニティ組織の影響力は小さい。なかなかコミュニティが盛り上がらないのである。
Drupal Associationを例に取ると、法人はもともとはDrupalCon IncでいかにもDrupalConをやるための会社を立ち上げた形となっている。The Drupal Associationというのは日本で言う屋号(dba - doing business as)である。古い2012年のPLを見るとDrupalConとトレーニングの参加費が1.8百万ドル(1.8億円とイメージして下さい)、スポンサーシップなどが1百万ドルで収入全体3.4百万ドルの84%を占めている。一方支出を見ると、開催費が1.4百万ドルで0.3百万ドルがITとWebサイトに投じられていて、ITとWebサイトに投じられている費用は、収入の10%を上回っている。drupal.orgがオープンソースコミュニティの基盤として機能しているのは、このお金によるものと考えるのが適切だろう。2022年のPLは収入全体が3.8百万ドルでITとWebサイトは0.15百万ドルとなっている。科目が詳細化されているので単純には比較できないが、相対的には下がっている。一方で、給与関連は0.6百万ドルから1.5百万ドルと大幅に増えている。ITとWebサイトの費用の内製化が進んだことが想像されるとともに、タダ働きを減らしていることも想像される。2022年の明細を見ると、人件費はDrupalConで0.21、Drupal.orgで0.52、その他で0.28が投入されている。ざっくり、DrupalConの人件費として3,000万円が投入されているわけだから半端な額ではない。
いろいろな考え方はあるだろうが、多くの人が参加する可能性のある組織には拡張性が必要になる。イベントをやれば、基本的にはイベント単位で採算を成り立たせなければいけないが、ある程度の規模になれば節約しても一人当たりの経費は5,000円程度はかかる。ある程度の規模までは、手弁当、人件費ゼロで開催できるが、30人、50人と参加者が増えてくると、無視できない人件費がかかる。現実には開催を主担当する企業が、従業員の時間を投入してしのいでいるのだが、表の数字には出てこない。300人、500人規模で人が集まるようになれば、よほど体力のある企業が動かない限り開催するのは不可能になる。
再びDrupalConを事例として見ると、今年の通常参加費は895ドル。軽く10万円を越える金額で、国内であっても旅費もかかるから相当稼いでいる個人か所属企業の負担でなければ参加できない。もちろん、NPOレート395ドル、学生レート50ドルなどを設定することで、支払い能力の低い人でも参加できるような工夫をしているが、その費用は誰かが負担していることを忘れるわけにはいかない。1,000人以上が集まるイベントは取材も来るし、オープンソースの人気を示すバロメーターにもなるから、大きなカンファレンスが開催できればその影響は大きい。DrupalConの場合は、最大はおそらく2014年のテキサス州オースティンの回で3,357人とされている。コロナ前の2019年のシアトルが3,014人と若干減っているが、コロナ後は1,500を切っている。昔を遡れば、500人を超えたのが、2008年のボストンでこの年にDrupalCon Incが設立され、2010年にNPO認証を受けて、2011年にオフィスを開設している。
とにかく法人格を確保して口座を持ち、契約主体になれれば良いじゃないかという考え方はありで、大きくなったら考えれば良いじゃないかという考え方にも合理性はある。一方で、法人化のタイミングは、スケーラビリティ確立の好機でもある。
今回関わっているコミュニティは大規模イベントをこれまで参加費無料で開催している。素晴らしいことだと思うのだが、100人程度の参加者でも相当苦労している状態だから、さらに拡大していくのは容易なことではない。おそらく、有償化は避けられないだろう。仮にスポンサー企業が10万を負担して、譲渡可能なチケット10枚を割り付けたとすると、20社が応じれば、予算規模は200万になり、200人のチケットが配布されることになる。チケットの価格を5,000円にすれば、自分で払っても良いし、何らかの方法でスポンサー企業から分けてもらうことができるかも知れない。そういう形であれば、実質的な参加費ゼロは実現可能となる。ちなみに原価が一人当たり5,000円程度なら200人参加で100万円、100万円の余裕が生まれる。もちろん安易に使うことはできないが、業務委任の形で発注することも可能になる。割に合うような仕事にはならないと思うけれど、それでも完全持ち出しよりはましだろう。
今まで見てきたようにカンファレンスの運営一つを取っても工夫が必要だし、組織の運営費もかかる。動くお金が大きくなれば、リスクも増える。例えばカンファレンスの収益構造計画は会費や寄付でお預かりしたお金の運用にも関わるので、お納め頂く方々の意向に沿うものでなければいけない。誰かが一人で決めて良いことではないのである。できれば複数の誰かが案を出し、ステークホルダーの合意が得られるような議論と結論があって組織が運営されないといけない。設立時の理事の善意に頼っても良いが、持続的な組織設計をした方が良いだろう。一方で、リスク対策を織り込むと組織は重くなる。リスクヘッジをかけ過ぎれば何も決められない組織にもなりかねない。
東京都のNPO法人に関するルールを勉強してみると、変なことが起きないようにする工夫が随所に組み込まれている。少々窮屈だがある種のベストプラクティスと考えて良いと思う。NPOにこだわらないほうが、確実に早く法人を立ち上げられるのだが、脆弱性は残る。立ち上げた後も、開示義務が厳しく、丁寧に議事録を残したりする必要があるから面倒といえば面倒だ。慣れれば平気だと見切るか、その面倒さが組織の動きを削ぐと考えるかで判断は変わる。
いずれにしても、ステークホルダーの多くから賛同を得なければ、存続することはできない。当初は熱意で何とかできたとしても、将来受け継ぐ次世代の方から見て、経営参加してみても良い、経営参加したいと思っていただけるような組織づくりをする必要もある。悩みは深い。