電子署名は透明性を高める技術だから日本を含む多くの国で苦戦する

まず最初に私がエストニアのe-residentであることを表明しておく。

キーマンズネットのさよならハンコ、押印文化に別れを告げる“電子サイン”の今という記事を読んだ。記事の内容に違和感はないが、企業あるいは法人をどう捉えるかという観点で、エストニアと日本との認識ギャップの大きさを改めて感じた。エストニアの電子署名システムは政府が担保していて、驚くべきことに法人の電子署名という仕組みがない。あくまで電子署名は法人でなく自然人がするものと位置づけている。エストニアの法人設立の仕組みを調べているうちに、必ず法人の契約書の署名のための手順があるはずだと思って、法人用の証明書の取得手続きを探ったのだが、結果的に存在しなかったのである。つまり、法人そのものには電子署名を行う権限はない。

最初は驚いたのだが、改めて考えてみると、サインにしろ押印にしろ、何らかの約束(契約書)に署名あるいは押印するのは自然人である。法人の約束の署名は、代表者が行えば良い。そして、もし量が増えて代表者の手に負えなくなったら、誰かに委任する約束(契約)を結べばよいのである。エストニアではeIDの取得は義務化されているので、委任する人(自然人)も必ず電子証明をもっている。だから、法人代表者が法人契約の条件付き委任の契約書を作成して、代表者と委任される人がその契約書に署名し、その署名付き契約書を法人の契約書とセットにして委任を受けた人が電子署名したら法人の約束として有効になる。法人法人間であれば、双方の委任契約と契約本体の3つをまとめて、それに双方の契約担当者の電子署名2つがあれば、完全に有効な法人契約となる。

ここまで理解してしまえば、簡単だし合理性があるが、この仕組を制度化すると、政治家は勝手に秘書がやりましたと言い逃れすることはできなくなる。銀行取引も現金の受け渡しも背景となる契約が必要となるわけで、法人の取引は委任契約と本契約のペアで記録が残されることになる。つまり、政治家は秘書が政治家に代わって契約を行うことを公的に証明し、自責であることが明らかになる。政治団体としてやり、担当者が不正しましたという言い訳は通用しない。モリカケさくらは、できなくなってしまうのである。

私は、法人としての電子署名を民間サービスで合法化してしまうとデジタル・ガバメントは遠ざかると思っている。決して、挑戦している企業が駄目だと言っているわけではない。日本国家の制度設計が根本的に間違っていると思う。今のジジイたちに任せていると皆が不幸になると思う。

画像は、エストニアの電子署名用のソフトのキャプチャである。紙の契約書では、署名や押印は契約書の中にあるが、エストニアの電子署名システムでは、電子署名は契約書の外にある。契約書に従前どおり契約主体を書くのが一般的だが、署名はアプリでつけ、その正当性を国が保証する。個人間の契約でも法人・個人でも法人法人でも構造は同じで、あくまで署名した自然人の電子署名がつく。署名後の改ざんは検証できるのでごまかしは効かない。今までの長い常識とは異なるが、極めて合理的である。