新生活18週目 - 「ガリラヤで伝道を始める~四人の漁師を弟子にする」 画像 4人の弟子ペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの話は、これまであまり考えてこなかった。イエスのインパクトが大きいので、彼以外は皆が脇役になる。弟子たちに理解が降ってきたという意味では、神が選んだとも言えるだろうし、弟子たちが具体的についていくという行動を起こしたのだから、人が神の子を選んだとも言える。真理はあなたたちを自由にするという言葉が頭に浮かんだ。 タグ キリスト教 新生活18週目 - 「ガリラヤで伝道を始める~四人の漁師を弟子にする」 の続きを見る
新生活17週目 - 「最初の弟子たち」 画像 今日の聖書箇所をあらためて読み返すと、かなり異常なシーンだと気づく。ちょっと考えれば、いきなりヨハネが「見よ、神の小羊だ」と言い、二人の弟子はそれを聞いてイエスに従ったというようなことが起きるわけがない。この箇所だけを切り出して読むと、私は、現実にはそんなことは起きなかったと思う。 タグ キリスト教 新生活17週目 - 「最初の弟子たち」 の続きを見る
Amazon AWSと今のプロテスタント教会の類似性 扇動者は躯を必要とする。自分に扇動者の自覚は無いかもしれないが、事実を重んじなくなったら危ない。まずは、事実に向かい合わなければいけない。国であれ、教会であれ、善意だと甘く見ていると、人死がでるリスクがある。 タグ ライフスタイル キリスト教 Amazon AWSと今のプロテスタント教会の類似性 の続きを見る
新生活16週目 - 「イエス、洗礼を受ける」 画像 洗礼者ヨハネによるイエスの洗礼の記述は、福音書間で差異がある。福音書は人間が書いたイエス伝だから解釈が入っていて、実際に起きた事実がどうだったかは想像するか何らかの手法で研究するしかない。事実を知りたいと思ったら、やはりその場所に行きたくなる。 タグ キリスト教 新生活16週目 - 「イエス、洗礼を受ける」 の続きを見る
不安に追い詰められているときこそ事実に向かい合わなければいけない 運が良ければ、行動が不適切でも感染したり亡くなったりすることはなし、人命を守るために我慢している人より短期的には利を得られるかも知れない。しかし、失われた命は戻らない。環境が変わった以上、適応しないわけにはいかない。人の命がかかっている以上、まず、事実に向かい合うべきだろう。 タグ ライフスタイル キリスト教 不安に追い詰められているときこそ事実に向かい合わなければいけない の続きを見る
新生活15週目 - 「占星術の学者たちが訪れる」(公現祭) 画像 イエスが生まれたことになっているベツレヘムはエルサレムの近郊でイエス家があったであろうナザレとは100km程度離れている。今日の聖書箇所はよく知られている物語なのだが、あらためて読み直すと怪しさ満載だと感じた。なぜこの記録がなされたのか、そしてよく知られる物語になったのか、考えてみたがやはりあまり良くわからなかった。 タグ キリスト教 新生活15週目 - 「占星術の学者たちが訪れる」(公現祭) の続きを見る
新生活14週目 - 「神殿で献げられる」 画像 今日は、波乱の年2020年の最後の日曜日。アドベントから始まる教会暦としては最初の月の終わりで、来週から公生涯をなぞり始める。仮に100歳まで生きたとしても後40回しか教会暦を過ごすことはできない。若い時は、先はいくらでもあると思っていたが人生は短い。ごまかしに生きることなく、誠実に一歩、一歩歩みを進めていきたい。 タグ キリスト教 新生活14週目 - 「神殿で献げられる」 の続きを見る
教会は誰のものか? 「教会は誰のものか?」は、二重性を持つが、一義的には「神のもの」と考えるのが適切だろう。少なくとも、牧師のものでもなければ、役員会のものでもない。どちらも、預かっている者であって所有者でも支配者でもないのだが、しばしば勘違いする。 タグ キリスト教 教会は誰のものか? の続きを見る
新生活13週目 - 「イエスの誕生が予告される」 今日は多くの教会でイエスの誕生を祝うクリスマス礼拝が持たれる。喜びをもってこの日を祝いたい。 タグ キリスト教 新生活13週目 - 「イエスの誕生が予告される」 の続きを見る
一週間後は12月25日、クリスマスだ 暦の区切りは、過去は過去として新たな歩みを進めるきっかけを与えてくれる。誰かが発明したのだろう。 タグ ライフスタイル キリスト教 一週間後は12月25日、クリスマスだ の続きを見る