Let’s Encrypt/Certbotの更新

hagi2019/01/27(日) - 23:08 に投稿

February 13, 2019: End-of-Life for All TLS-SNI-01 Validation Support

という記事を紹介する警告メールが届いた。サーバーを複数のサイトで共有していると、他人のドメインの証明書を取得できる脆弱性があるという事で、自分が見ているサイトでは、直接的な影響はないと考えている。

しかし、Let’s Encrypt側は、そういう脆弱性を許容できないから、TLS-SNI-01プロトコルの終了とTLS-ALPN-01への移行が決定された。私は、certbotクライアント用いてきたので、そのアップデートだけで済む。2か月強毎に証明書の自動更新が走るから、対応しておかないと、更新に失敗する。失敗してからも証明書自身は1か月弱は有効だから、メッセージさえチェックしていれば、ほとんどのサイトで間に合うだろう。しかし、取りこぼしは出るだろう。今年の三月には「あれっ」と驚かされるサイトも出るに違いない。

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Drupal8.6.4

hagi2019/01/01(火) - 17:36 に投稿

セキュリティアップデートではなかったので、しばらくさぼっていたが、Drupalを8.6.2から8.6.4にアップデートして、滞留していたモジュールもアップデートした。ついでに、OSレベルもapt-get update/upgradeして、phpも7.2-13にした。今回は、(チェック時および現時点では)特に何の問題も発生せず平和だった。

諸般実施して、2時間。新年に環境を一新するのもちょっと気分が良い。

細かく言うと、社のインスタンスに関してはlibrariesの下に2件のインストールを行って、CDN依存も軽減した。

備忘のようなブログ。

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年の瀬

hagi2018/12/30(日) - 18:31 に投稿

昨日、決算試算を終えた。

今年は、大荒れの年だった。思い返せば、17年の後半に自分を含めて人を見誤ったことに起因しているのだが、1月にこれまで無茶苦茶気合を入れて取り組んでいた地理空間情報システムに関する仕事からビジネス的に離れる決断をした。たった一人の人と上手くやれないだけなのに自分のそれまでの努力を一旦捨てたのだ。未熟である。ある意味での古巣と元締めの成功を心より願っているし、時期が来た時のための最低限の備えは続けている。多分、また機会は来るだろう。

ついで長らく挑戦してきたネパールの人と一緒にやってきたプロジェクトを正式に止める事にした。自分の能力を過信していた結末だと思っている。

一方で、今年は資金的にも関係的にもビジネス的にも新たな機会に恵まれた年でもあった。結果的には創業以来の売上高では最高値になる見込みで、足元は丁寧に固めなければいけないが、挑戦も可能な状況にある。ステークホルダーに心より感謝したい。

ギリシャで2000年前を振り返り、エストニアで将来を見る年でもあった。

泳ぎ納め

hagi2018/12/27(木) - 15:06 に投稿

東京スイミングセンターに通い始めて7年半になる。今日は、今年の泳ぎ納めで3.1km泳ぎ、年間通算で194.4km、74回となった。一日平均にすると500m強になり、概ね100mを2分弱で泳ぐので、一日10分の運動という事になる。

私が水泳をするようになったのは、20代後半からで、記録をつけるようになったのは2008年から。2008年前半は結構1回で4km以上泳いでいる日が多いが9月に風邪をひいて医者にかかったら心房細動があると言われ、泳ぎすぎはいけないという事になって10月以降は一回1kmちょっとに押さえている。その年は、結局年間37回、113.5kmだった。

2009年に渡米して、アスファルトグリーンで53回53.2km。10年は24回28.6km。帰国して、11年は5月から33回39.8km、12年67回87.1km、13年71回93.5km、14年56回78km。

2015年は、若干心肥大となったので、カテーテルアブレーション施術を9月に受け、退院後約10日に300mの慣らし泳ぎをやり、12月から一回の距離を2km弱まで伸ばしている。この年は結局83回122.1kmを泳いでいる。

クリスマス

hagi2018/12/24(月) - 21:32 に投稿

私は、クリスチャンである。

プロテスタント教会は、12月25日の前の日曜日がクリスマス礼拝。そして私の通う教会では24日の晩にイブ礼拝をおこなう。

今年のクリスマス礼拝では、牧師が説教で、人が生きるのに必要な事を3つ挙げた。平和、人権、環境である。安全な暮らしと、差別されない人生、そして地球環境が生存に適したものにならない事が大事だという話だ。

私は、それら3つは一つの事だと思っている。人が人を人として尊重できる社会を作るという事だ。敵に見えている人は同じ人であり、同等の人と見えていなかった人を人として認識できるようになる事であり、未来の人の苦しみを理解できるようになる事でもある。もちろん、そんな日はすぐには来ない。私自身、意見を異にする人をちっとも尊重することはできないし、他人より豊かになりたいという思いから自由になれる訳でも無い。しかし、目指すべき道は見えているのだ。その方向に向かって自分ができる限りのことを少しずつでもやる事はできるのである。

今日は、クリスマスである。生まれて死ぬまでの時間は短い。生きている時にしかできない事をできる限りやるしかないのだと思う。

平和と人権と大域的な環境の改善を心より願う。偏狭な自己中心、あるいは支配欲から自由になれる未来を願う。

会社の本店移転の準備

hagi2018/12/21(金) - 15:15 に投稿

創業時に契約したサービスオフィスの移転に伴い様々な手続きが必要になる。備忘録も兼ねて、やる事をまとめておく。当該合同会社の移転前は港区芝浦で、移転後は千代田区一番町だ。私は、できるだけ電子申請をする主義なので、いろいろ調べて見るが結構真面目に取り組んでもヘルプデスクに電話しないとやり方がちっともわからない。日本の電子政府はあまりにダメすぎる。

1. 定款変更と登記

同時に公告をする方法を官報から電子公告(ホームページ)に変更することにした。準備する資料は、定款、同意書(出資者全員が変更内容に同意することを示す文書)、決定書(業務執行社員として本社移転を決定した事を示す文書)。法務局の管轄が変わるので、登記申請書は、変更前と変更後に必要となる。印紙税は、港が6万円(公告方法の変更分が3万)、千代田が3万円。登記ねっとの申請用総合ソフトはセキュリティチェックにかかって、インストールすらできない。以前格闘して、はっきり言って使えない事が分かっているので、電子申請はあきらめた。

2. 印鑑届(新住所)

社印と印鑑提出者の押印済み届書(なぜかB5)と印鑑提出者(私)の印鑑証明。

3. 日本年金機構の住所変更

コワーキングカンファレンスジャパン2018で発表した

hagi2018/12/15(土) - 19:38 に投稿

コワーキングは言葉として、かなり市民権を得ていると思う。恐らくビジネスパーソンの2割程度は、コワーキングという言葉を知っているのではないかと思っている。コワーキングの時代が来ると5年前に確信してから、思いの外時間がかかったが、やはり間違ってはいなかったと思う。風が吹いてくると、怪しげな仕切り屋が跋扈するようになる。腹立たしいことだし、違うことは違うと言わなければ、扇動家に悪意はなくても惑わされてみんな地獄行きになってしまうリスクがある。それでも、そういう怪しげな奴が活躍しなければ、キャズムは超えられない。人それぞれ、活躍の場があり、好き嫌いは誰にでもある。コワーキングの世界は、給料をもらう支配・被支配の関係のないコミュニティである。だから、日々傍目から見ればつまらない争いがおき、コワーキングスペースのオーナーは、その問題に正面から向き合わねばならない。嫌なら、どちらからでも縁が切れるので、声も拳も上げなくても、それはそれはドロドロした(美しい)世界でもある。自分の本性が試されるのである。私は、自分の本性の未熟さに日々(今日も)打ちのめされているが、しかし、そういう自分に向き合ってやれることをやる以外に出口などありはしない。だから、適切な範囲で、包摂的(Inclusive)でなければ持続性はないのだ。

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「街を間取りとして考える」あるいはABL(Activity Based Living)

hagi2018/12/14(金) - 23:03 に投稿

佐々木典士さんと言う方が、「街を間取りとして考える」という言葉を発したという話を聞いて、衝撃を受けた。私はミニマリストではないが、移動の時の荷物は小さい。この北九州出張では、いつもの軽量バック。冬の欧州2週間でも機内持ち込みだけで隙間が残る。

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ずっと気になっていた「王とサーカス」を読んだ

hagi2018/12/13(木) - 13:30 に投稿

ずいぶん前にずっと使っていたKindleが起動しなくなっていて、Androidタブレットで代用していたのだが、AmazonのセールでKindle Paperwhiteを購入した。これを機会と思って、米澤 穂信 の 王とサーカスを読んだ。Kindle化されたので、気になっていたのだ。

2001年のネパール王族殺害事件に重ねて書かれたもので、その直後の殺人事件が書かれている。米澤氏らしい読ませる内容で楽しませてもらった。カトマンズの街の描写も素晴らしい。この本に出てくるような、怪しげな外国人は、本当にいそうだと思っている。

執筆後に大地震があって、街の景観は一部変わったし、再度ゼロから街づくりといった側面はあるが、ちょっと物悲しい感じと、したたかでたくましい感じは今の日本にはないもので、恐らく今もこの小説に書かれている雰囲気とあまり変わらないのではないかと思う。この小説を読んでからカトマンズに行くと、初回であってもかつて来たことのある街に感じられるかも知れない。